ネタバレありの映画鑑賞記録です。ネタバレの嫌いな方はご注意下さい。
映画が中心ですが、一部演劇、ミュージカルもあります。

クライシス・オブ・アメリカ
2本目は、「クライシス・オブ・アメリカ
こちらは、さっきの「ナショナル・トレジャー」と違って、なかなか重いテーマの映画。

1991年、湾岸岸戦争下のクウェートで偵察任務中の米軍大尉ベン・マルコ(デンゼル・ワシントン)の小隊が敵の奇襲攻撃に遭う。
激しい戦闘の中、部隊の危機を救ったのはレイモンド・ショー軍曹(リーヴ・シュレイバー)。
終戦後名誉勲章を授与されたショーは政治家になり、母エレノア(メリル・ストリープ)の援助もあって次期副大統領候補に指名される。
一方、陸軍少佐になったマルコのもとに嘗ての部下アル・メルヴィン(ジェフリー・ライト)が現れる。
メルヴィンは、湾岸戦争中の例の戦闘について“ショーが部隊を助けた”記憶と違う夢を見るといい、夢を書き留めたノートを見せる。
実はマルコもメルヴィンと同じ悪夢に悩まされていた。その夢では、ショーが仲間の隊員を殺害しているのだった。
マルコは“戦後後遺症”と言われながらも“夢”を追求し、徐々に夢の“現実”が明らかになっていく。


「羊たちの沈黙」のジョナサン・デミ監督が、「新しい恐怖を描いた、もう一つの『羊たちの沈黙』」として製作したサスペンス・スリラーとの触れ込み。
映画そのものは、1962年の「影なき狙撃者」の舞台を湾岸戦争に置き換えて現代仕様にアレンジしたもの。
戦争後遺症、対テロリズム、情報監視、大統領選のパワーゲームと、現代アメリカの社会不安を包括するストーリーは、実話のようなリアリティ感がある。


以下ネタばれあり。

「影なき狙撃者」は、満州へ拉致されたアメリカ兵が共産国の刺客へと洗脳され、帰国後、政治の中枢部へ送りこまれるというストーリーらしい。(観ていない。。。(^^;)
この映画は、記憶操作のサスペンスとして描かれたものらしいのだけど、一面反共プロパガンダの思惑の強い映画らしい。
「クライシス・オブ・アメリカ」では、舞台を朝鮮戦争から湾岸戦争に移し、何となく敵役をチェイニー君やブッシュ君にしていると思うのは穿った観方?

でさ。。。
1個小隊が3日間も行方不明だったんだよ。
そして、かなり不自然な状況で隊員が死んでいる。
それなのに、アメリカという国が全く検証もしない?
それが戦時下であったとしても、ありえない。。。
いや寧ろ、戦時下だからこそありえない。

で、公式HPでは、マルコの肩に埋められていたチップがあたかもマルコの記憶を操作しているように書かれている。
でも、映画ではちょっと違う。
勿論、マルコが友人(?)の医師と話しているときにはそんな話も出た。
でも、実態として、マルコは催眠療法にかかっていただけで、ICチップで記憶を操作された訳ではない。
催眠状態で仮想現実を体験させられた、そう、彼らは仮想空間の中で“実体験”した事を記憶として留めているに過ぎない。
全くの“仮想”ではなく、少なくとも、そう思わせる、彼らにとっては“現実”を体験している。
でもやっぱり、それは“仮想”であって、“実体験”ではない。
だって、マルコは“脳震盪”を起こした訳でもなく、実際には部下を“殺して”いるのだもの。。。
その辺りの、仮想と現実とのギャップが彼らを“戦争後症候群”に陥らせるのよね。
そういった意味では、人間の身体や記憶って“現実”に“正直”なのよね。。。
最後は、結局「催眠術」に頼ってしまうなら、ICチップを身体に埋め込む必要性って?と思ってしまう。
ストーリーとしては有り得ないことではないと思うけど、ストーリー展開としてはちょっとチャチ。


しかしなぁ。。。
何故、この映画がR指定じゃないんだろう?
擬似戦場で2人の部下が殺される場面なんて、かなり残酷だと思うんだけどな。。。


デンゼル・ワシントンは、「マルコムX」は観ていなけど「遠い夜明け」に出ていたのよね。
迫真の演技であったはずのカジュアルな姿の彼より、少佐の制服姿の方が素敵だった。
もしかして、私って制服フェチ?(^^;
メリル・ストリープは、「マディソン郡の橋」辺りから、あまり好きではない。
何だろう?
何となく、演技に厭味を感じるのよね。。。
そういった意味では、今回は適役だったかもしれないけどね。
ショー役のリーヴ・シュレイバーはよく知らない。
でも、軍曹時代と政治家時代、そして、母親に操られている事をしりながらも“良心”に従って反抗する辺りの葛藤は巧く演じていたと思う。
もう少し、顔がハンサムだったらかなり入れ込んだかも(笑)

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    五線譜のラブレター
    水曜日は映画の日。
    いつもなら、近所のシネコンに行くのだけど、今日は日比谷で「五線譜のラブレター」を見てきた。
    近所のシネコンでは去年の内に上映が終わってしまっていたのよね。

    40年間で約870曲にのぼるミュージカルや映画の歌曲を作詞作曲した天才作曲家コール・ポーターと、“パリで最も美しい離婚女性”と謳われ彼の音楽の女神だった妻リンダ・リーとの運命の絆を描いたラブ・ストーリー。
    晩年、コール・ポーターが旧友でコールの生涯を綴ったミュージカルの演出をしているゲイブと共に自身の生涯を振り返るというもの。
    ミュージカルには、ナタリー・コール、エルヴィス・コステロら、有名なミュージシャンたちが出演してポーターのナンバーを歌う。


    ##コール・ポーター

    1891年6月9日、アメリカ・インディアナ州ペルーで生まれる。
    裕福な家庭に育ち、6歳からピアノとバイオリンを学び、10歳で初めて作曲をする。
    イェール大学を卒業後、ハーバード法科大学で法律を学ぶが、音楽の道を捨てがたく、NYの社交界の一員となる。
    1916年、初めてブロードウェイ作品「シー・アメリカ・ファースト」を手がけるが失敗、1917年パリへ移住。
    そこでリンダと出会い、919年12月19日に結婚、音楽の才能を開花させ栄光を手にすることとなる。
    ミュージカルや映画音楽を担当し、洗練された作詞・作曲で次々とヒット作を生み出した。
    音楽を担当した代表作は「Kiss Me Kate」「Anything Goes」(ミュージカル)、「上流社会」「昼も夜も」(映画)など。
    約870曲にも及ぶ彼の作品は、現代のミュージシャンにも愛され、数多くのカバーやCM、TVで使用されている。
    妻リンダが死去した後は、64年に生涯を終えるまで作曲をすることはなかった。



    老人が静かにピアノに向かう。
    そこに、友人ゲイブがやって来て、昔語りを始める。。。
    以下ネタバレあり。
    と、舞台が劇場になる。。。ゲイブは。コールの生涯を綴ったミュージカルの演出をしていた。

    1920年代。
    コール・ポーター(ケビン・クライン)は、パリの社交界の集まりで、“パリで最も美しい離婚女性”と言われたリンダ・リー(アシュレイ・ジャッド)と運命的な出会をする。
    交際を始めてまもなく、ポーターは、自分の同性愛をリンダに告白するが、彼の音楽の才能と優しさに惹かれていたリンダは、「独立したカップルとして、ふたりで夢をかなえましょう」と言い、意に介さない。
    リンダの言葉に、ポーターは彼女と結婚し、ヴェネチアで新婚生活を送る。
    しかし、作曲活動のスランプを、バレエ・ダンサーとの情事で埋め合わせるポーター。
    そんなとき、リンダはポーターをアメリカの人気作曲家のアーヴィング・バーリン(キース・アレン)に紹介。
    アーヴィングは、ブロードウェイ・ミュージカルの仕事をポーターに紹介する。
    「自信がない」とためらうポーターを、「絶好のチャンス」と励ますリンダ。
    ミュージカルを大成功させたポーターは、一躍売れっ子音楽家の仲間入りを果たす。
    リンダは、ミュージカルの初演には、記念として必ずシガレットケースをプレゼントする。
    ある時、リンダが初演公演に遅れてしまう。
    流産してしまったのだった。
    リンダの気分転換の為もあって2人はハリウッドに移り、コールは映画音楽でも大成功を収める。
    が、慢心したコールのスキャンダルで恐喝された2人は、ハリウッドとパリと別れて暮らすようになる。
    コールの落馬による脚の大怪我でコールの元に戻るリンダだったが、今度はリンダが肺気腫になっている事が判る。
    生涯最大の大作である「キス・ミー、ケイト」の初演、観客の大喝采の中、リンダの姿は無かった。


    ミュージカル仕立ての映画だけど、突然歌が始まるようなミュージカルとは違って、歌は必然といえるような映画。
    というのも、主人公であるコールが作曲家であり作詞家で、彼の足跡、すなわち彼が書いたミュージカルを再現するような映画だからね。
    ミュージカルが好きでない人も、結構楽しめる映画なんじゃないかなと思う。

    リンダとの出会いの場面はあまり乗る事が出来なかったのだけど、その後の2人のデートシーンでは、どうしてこんなに歌が次々とできるのかと思った。
    事実は即興ではないにしても、本当にリンダと居ることで、リンダと話すことでその心情が、その会話が歌になるのじゃないかと思ったぐらい。
    この時点では“甘いラブストーリー”と言う意味で、“五線譜のラブレター”と言う邦題も有りだと思った。

    付き合い始めて直ぐにコールがリンダに自分の男色を告白するのだけど、この時点ではリンダともベッドを共にしているので多分ゲイと言うのではなく、バイセクシャルなんだと思う。
    その時リンダがコールに言った、「ふたりで夢をかなえましょう」と言うセリフ。。。字幕では“夢”と約されていたが、“promise”と言っていのが印象的だった。

    その後、コールをブロードウェイに連れて行くリンダ。
    このときも2人の“夢”は“promise”だった。
    成功は“約束”されていたのか。。。
    そういう意味では、リンダって、コールのプロデューサーだったのだと思う。

    コールが落馬で怪我をし、医者に脚を切断しなければならないと言われたシーンでも、彼の脚を切断することは、彼の尊厳をなくし、音楽を奪うものと強行に反対するリンダ。
    実は、冒頭のシーンのコールが車椅子だったから、私は、いずれにしても車椅子ではピアノは弾けないだろうと思っていた。
    だって、不自由な足ではペダルが踏めないもの。
    果たして、退院したコールはペダルが踏めなかった。。。

    その後20数回の手術の後、ペダルは踏めるようになるのだった。
    その間の2人の苦労は書かれていないけど、相当だったんだろうと思う。
    脚が不自由になってからのコールはリンダの愛に応える為のリハビリだったのかも知れない。

    回想の中では、リンダが流産した時、コールは「音楽が単なる記号になった」と言っていた。
    それでもコールは音楽を書き続けていた。
    それなのに、リンダが死んだ後、コールは脚を切断し、「夢は終わった」と同時に音楽も捨ててしまう。
    この時の“夢”は“dream”。
    リンダの死と共に、2人の“夢”が、promisからdreamに変わってしまっていた。。。
    この違いはなんだったんだろう?
    もう少し、英語が理解できれば、言わんとする事が解ったのかもしれないね。


    ケビン・クラインは、「night and day」で、役者に指導する眼つき、本当にゲイに見えた(笑)
    アシュレイ・ジャッドは、本来の意味での“大根”役者なのね。
    リンダは、ツイステッドのジェシカと同様凛々しく美しい女性で有りながら、全く違う女性像を見事に演じている。
    それにしても、この人の美しさは、やはり“凛々しい”というようなタイプの女性が似合う気がする。
    そして、あの特殊メイク。。。
    徐々に年齢を重ねる様子が首の辺りに出ていて、思わず唸ってしまったわ(笑)

    そして圧巻はやはり音楽よね。
    サントラ買えばよかった。。。

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      華氏911
      今日は映画の日で、華氏911を見てきた。
      事前に知っていた情報では、反戦・反ブッシュのプロパガンダ映画と言う事だったがどうなのだろう?
      確かに、親ブッシュではないが、プロパガンダと言う程のモノなのかしら?と思ってしまった。
      そして、ドキュメンタリー映画でもないなぁ。。。

      映画は前半と後半では趣きが違う。
      前半はブッシュとサウジアラビアとの関係、利権に関する事実紹介とブッシュの無能ぶりを論っている。
      私が受けた感じでは、911の事件の取り上げ方もその中のエピソードの一つでしかない。
      エピソードと言うのは適当でないと言う人があるかも知れない。
      あれはブッシュとサウジアラビアの関係が深いことを証明する一つの証拠だと。
      でも、映画では911の事件に関しては深い掘り下げがあったとは思えず、事件の発生を知ったブッシュが視察中の小学校の教室でのアホ面を映したかったのかもしれないと思える程度の扱いだと思う。
      そして、正直言って、あのアホ面以外見るものはなかった。
      だって、ブッシュ家とサウジアラビア王室っやビンラディン家の関係なんて皆知っている事だし、それが石油の利権がらみだという事も。
      別に今更ムーア監督に教えてもらわなくても。。。って感じだものね。
      そういった事を面白おかしくクリッピングしているだけのフィルムではドキュメンタリーとは言えない。
      確かに“反ブッシュ”と言う主張は感じるけど。。。でも弱いよね。
      見ていて思ったのは、善朗君が首相だった頃のワイドショーの叩き方と似ているなって事かな(笑)
      そういえば、ムーア監督はブッシュと周りの政府高官を“アホ”と描いていたけど、アメリカの世論をイラク戦争賛成に導くマインドコントロールなんかを考えたブレーンに付いては全く触れられていなかったわね。。。

      後半はイラク戦争。
      ストーリーは、イラク戦争はアメリカをテロから守る為の戦争ではなく、ブッシュがブッシュ家とサウジアラビア王家の利権の為の戦争だというもの。
      それも以前から言われている事で特別目新しいことではない。
      尤も、アメリカ人はその事を知らない人も多かったらしい。
      それはこの映画で“初めて事実を知ったと言うアメリカ人が多い”と言う報道でも判るし、アメリカに留学している女性の日記にも書いてあった。
      また、私が去年日記にイラク戦争を“ブッシュの戦争”と書いたところ、アメリカ人と思われる人から“ブッシュの戦争ではなくアメリカの戦争”とコメントを頂いたので、そう思っていた人も居るのだろう。
      アメリカでマスコミに対する報道規制があったのか、ムーア監督の言うように意図的に操作されたのか判らない。
      でも、アメリカに留学している女性の日記では“アメリカ人の4割は新聞もテレビも見ない”とあったから、色々な報道があったとしても一部の人しか知る事は無かったのかもしれない。
      そう言う意味では日本人の方が知っていたのかもしれない。

      新しく知る事が無かったから私がこの映画を評価出来ない訳ではない。
      でもなんだか違和感があるのよね。。。
      なんだろう。。。

      あのイラクで息子をなくした母親に対して、優しさを感じられなかったかな。
      “戦争は憎むべきものではあるけど、兵士は憎しみの対象ではない。”とは、彼女の言葉。
      ムーア監督はこの映画にメッセージを強く込めている割には、この兵士の母親には同情も哀れみもない。
      彼女に対する優しさも感じられない。
      寧ろ突き放した感じさえする。
      なんでなのかなぁ。。。
      でも、多分、ムーア監督がこの映画に込めたメッセージって、この辺りなんじゃないかなと思うのよね。
      反戦へのメッセージもあるだろうけど、その芯は“一部の富裕権力者の為に、貧しい若者が死んでいく”という事が言いたかった。
      戦争そのものへの“反対”ではなく、貧者が権力者の犠牲になる事への“反対”だったのね。
      そしてその富裕権力者の代表がブッシュ君だったって事なのね。
      前半、前の大統領選でのブッシュの“不正”を描いていたけど、もしあの時ゴアが勝っていたら、華氏911の主役はゴアだったかもしれないって事だよね(笑)
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        ギター弾きの恋
        今日は、恵比寿のガーデンプレースのSTAR Light CINEMAで“ギター弾きの恋”と言う映画を観てきた。
        ガーデンプレースのSTAR Light CINEMAは、8/10の日記でも書いた様に野外での映画上映。
        昨日までの夏の暑さだと観にいく気にもなれない所だけど、今日は涼しくて夜の野外遊び(!)日和だわ(笑)


        1930年代、ジャズ創世期のシカゴが舞台。
        派手で目立ちたがり屋で“ジャンゴ・ラインハルト(天才ギタリスト)の次にうまい”と自称するエメット・レイ(ショーン・ペン)は、才能に恵まれたジプシージャズのギタリスト。
        確かにギターの才能はあるのだけど、お酒を呑んで仕事をすっぽかしたり、女性にだらしなかったりとその生活は自堕落そのもの。
        そんな彼がある日、口のきけない娘ハッティ(サマンサ・モートン)と出会い、次第に愛するようになる。
        彼の自堕落な生活はそのままなんだけど、ハッティに関しては本気だった。
        なのに、そんな自分の気持ちにも気が付かずに上流階級出身のブランチ(ユマ・サーマン)と結婚する。
        ブランチの浮気を経て、結局ハッティの元に戻ろうとするエメット。
        時、既に遅し。。。ハッティは他の人と結婚してしまっていた。。。

        ウディ・アレン30本目の監督作。
        いつもの様に、事前に何の知識も入れずに観にいった。

        始まって早々にウディ・アレンが出てきて、エメットについて語りだした。
        そしてミュージシャンや音楽評論家がエメットについて語る。
        ちょっとドキュメンタリータッチの映画。
        極めつけは、エメットがブランチの浮気を突き止めるシーン。
        “エメットについては諸説ある”といいながら、エメットがブランチの浮気を突き止める現場の笑える逸話を3パターン紹介する。

        すっかり騙された。。。
        そう、エメットって、実在の人物じゃなくって、架空の人。
        家に帰って、映画のサイトを見るまでエメットが実在の人物だと思っていた。。。(^_^;)
        そうか、ウディ・アレンの映画だったのね。。。って感じ(笑)

        ウディ・アレンって好きな人と嫌いな人が分かれるよね。
        多分、この映画もそうだと思う。
        でも私は、イイ気分で騙されたわ(笑)


        サマンサ・モートンは可愛かった。
        しゃべれない役なのに、顔の表情とパントマイムで表現される感情は豊か。
        ハッティの純粋さがなんとも言えず可愛い。
        こんなに可愛かったら、いくら女にだらしないエメットでも惚れるよね って感じ(笑)

        ショーン・ペンも色っぽかったし、アコースティックギターで奏でられるジャズも良かった。
        いい夏の夜の夢だったわ(^^)

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          キング・アーサー
          今日は“キング・アーサー”を観てきた。
          本当は、昨日のレディースディに行きたかったのだけど、今週初めから体調がすぐれず昨日は殆ど1日寝ていた。
          でも、来週まで待ちきれなくって、貯まっていたシネコンのポイントを使って観てきた。

          アーサー王に関しては、ヨーロッパにおける、日本で言えばヤマトタケルノミコトの様な人?
          イギリスと言うか、ブリテンを統一した王で、その統一の過程で不敗神話や色々な伝説を残した人と言うイメージしか持っていなかった。
          王妃グウィネヴィアに関しても、アーサー王の円卓の騎士の中で最強の騎士だったのランスロットと不倫をしたいたと言う位の知識しかなかった。

          そんな程度の知識だから、アーサー王って、イギリス(ブリテン)人だと思っていたのだけど、映画の中ではローマ人。
          ローマ人だから(?)読み方も違っていて、アルトリウスと呼ばれていた。
          勿論、騎士仲間やブリテンの人たちからはアーサーと呼ばれていたのだけど、ローマ人からはアルトリウスと呼ばれていた。
          なんだか違和感があるなぁ。。。
          家に帰って、公式サイトを見たら、アーサー王については解釈が色々あって、確定したものは無いと書いてあった。
          成る程ね。。。ジェリー・ブラッカイマーなりの解釈って事なのね。。。

          ローマ帝国の支配下にあるブリテンでは、ローマ帝国からの独立を求めるブリテンのウォードと、残虐な侵略者であるサクソン人との間で激しい戦闘が繰り返されていた。
          アーサー王は、ローマ軍現地司令官として無敵を誇る<円卓の騎士>を率いて“ハドリアヌスの城壁”の防衛に当たっていた。
          しかし、ローマ帝国はブリテンからの撤退を決定、アーサーにはローマ教皇の名の下、サクソン人に包囲された北部の地からローマ人の司祭一家を救出せよ、との過酷な最後の指令が下される。
          アーサーはそこでローマ人に囚われていたブリテン人の美しく勇敢な女性グウィネヴィアを救出する。
          グウィネヴィアは、ローマ帝国に仕えてブリテン人と戦うアーサーを非難、サクソン人の前に滅亡の危機に瀕したブリテンのために一緒に戦うよう迫るのだった。
          大まかなストーリーはこんな感じ。。。って、公式サイトから表現を拝借してきちゃったのだけどね(笑)


          以下、ネタばれあり。
          ストーリーは、はっきり言って陳腐。まっ、お伽噺だものね(笑)

          サクソン人に包囲された危険な地域へ司祭一家を救出に向かう途中、殆ど危険なシーンは無かった。
          確かに、ブリテン人、ウォードに襲われかけた事はあって、状況的には絶体絶命の危機なんだけど、ウォードは追い詰めただけで、逃がしてしまう。
          そして、次のシーンには、もう司祭一家の居る場所に着いてしまう。
          なんだか、拍子抜けしてしまった。

          司祭一家と村人を連れて“ハドリアヌスの城壁”に戻る際も、サクソン人の太鼓が直ぐ傍で聞えているのに、サクソン人が追ってくる気配はない。
          追って来たと言うか、サクソン人がアーサー達に追いついたのは翌日。
          この辺り、なんとなく間が抜けているような感じ。

          サクソン人に追いつかれて、というか、追われているアーサーが迎え撃つ場所として選んだのは、凍った池(沼?)。
          此処ではたった8人で200人(だったかな?)の敵と戦う。
          この人数設定はありえないと思ったよ。この時は。
          でも、確かにこの人数設定で戦うにはこの場所しか無いと言うのは解るけどね。
          大群を迎え撃つには自然の力も借りないとね。
          でも、年中争っているはずのブリテンの女性と、サクソン人の男性で弓の飛距離が全く違うというのもねぇ。。。
          初めての対戦なら力に差があるのも解るのだけど、設定では年中争いが絶えないのでしょう。
          であれば、戦力の差があんなにあるなんてありえない。
          更に、女性と男性で女性の方が力があるなんて。。。

          最後の戦いは、人数の多さで見ごたえがあった。
          これは流石に、7対多ではなく、ウォード配下の戦士対サクソン人だから違和感も少ない。
          大体、戦う前から、サクソン人は及び腰だったから、そりゃ、負けるでしょう(笑)

          良かったのは、円卓の騎士達がローマ人に従って退去する途中、馬がイヤイヤ(!)をした処かな。
          騎士達の気持ちを馬が代弁したシーン。

          意外だったのは、私でさえ知っていた、ランスロットとグウィネヴィアの不倫が無いこと。
          ランスロットがグウィネヴィアをかなり早い段階で好きだったと言うのは伺えたのだけど、決戦の前の日にグウィネヴィアがアーサーを選んで、ランスロットは決戦で死んじゃうんだものね。
          ランスロットが死んじゃった後に、アーサーとグウィネヴィアが結婚するんじゃ、不倫はありえないものね。。。


          でも、何だかんだといいながら、これは劇場で見るべき映画だと思った。
          やっぱり、空と大地の広さが感じられるし、大勢の人が動くから画面が大きい方が迫力があるよね。
          それに、ヨアン・グリフィズの表情が大きく映るしね(笑)
          それから、キーラ・ナイトレイはキレイだった。
          ラブ・アクチュアリの時より、キレイなんじゃないかな。
          凛々しくて。

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            コールド・マウンテン
            今日は、コールド・マウンテンと言う映画を観た。
            南北戦争を舞台に、たった1度キスしただけの相手を3年も待ち続けるエイダ(ニコール・キッドマン)。
            牧師の娘と言う、深窓の令嬢だとは言え、たった1度のキスだけで、戦争に行ってしまって、その生死すら判らない状況で待ち続けられるのか?
            お互いに、“未だ理解しあっていない”と思っているのに。。。

            私にはムリだなぁ。。。
            何時終わるとも判らない戦争に行ってしまって、その生死も判らない。
            さらに、唯一の肉親である父親まで亡くしてしまって、自分の生計すら立てられない状況で、“待つ”と言ったその場を離れないで待つなんて。。。
            私なら、他の町に出ても、自分が生きる事を選ぶだろう。
            でも、“理解しあいたい”と思う事が
            恋であったり、愛情であったりするんだろうな。。。
            静かに泣ける映画だった(^^)

            南北戦争は奴隷解放の戦争として知られる。
            その奴隷解放は、単にアメリカ人が人権や平等に目覚めた戦争ではない。
            北部で工業化が進んだ結果、それまでの、地主や搾取階級だけを消費者としていては北部の経済が成り立たなくなったから、黒人や奴隷をも“消費者”に仕立てる事を目的とした戦争。
            決して奇麗事ではないし、“人に優しい北部”と“既得権益を捨てられない南部”と言う対立図式では決してない。
            でも、戦争の結果は、アメリカ的“封建制度”を崩壊した。
            “勝てば官軍”。
            歴史の教科書では、結果のよい部分だけがクローズアップされる。。。
            それでも、南北戦争に関して南軍が映画になった。
            それは、この国内戦が、本当はアメリカ国民にとって深い処で傷になっているからなのかもしれない。
            映像がキレイだったのは勿論だけど、今、この時期にこの映画がアメリカで受けたのは、イラク戦争がアメリカ国民のもう一つのトラウマにであるベトナム戦争化してきる状況にある事が下地としてあったんじゃないのかなと思う。

            それにしても、深窓の令嬢から大地を踏みしめる女性に変身したエイダを演じたニコール・キッドマン。
            あんなにキレイな人だから、男性に“君を思うだけで胸が痛い”なんて言われるのよね。。。
            親の愛情に飢え、1人で生きてきた力強い女性ルビーを演じたレニー・ゼルウィガー。
            レニーはシカゴの時と比べて、ずいぶん痩せた。。。
            キレイなまま痩せられる、ダイエット方法教えてくれないかしらん。。。

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              K-19
              今日も映画。
              本当に今週は映画週間だ(笑)

              今日はハリソン・フォードの「K-19」を見てきた。
              いやー、ハリソン・フォードってイイ男だね(笑)

              40年前の実話を元にしたこの映画。
              本当に緊迫感が伝わってきて、イイ映画だと思ったよ。

              冷戦下のソ連の軍人が、NATOの軍事施設の傍で原子力潜水艦の事故を起す。
              原子炉の冷却装置から放射能漏れを起す一方、爆発し易い燃料の燃料漏れも起す。
              核弾頭を搭載している船なのだから、この船が爆発するという事は、即ち核弾頭を爆発させる事になる。
              これは、あくまでも事故だけど、敵の軍事施設の近くで核弾頭を爆発させるという事を意図してするならば、
              これは、第2時大戦中の「特攻隊」と同じだ。
              冷戦下で、一触即発の状況では、世界大戦の引き金に成りかねない。

              それを、充分な備えも無いまま乗組員皆で対応するのだけど、あの時の指揮官の重圧は如何ばかりかと思う。
              世界大戦になるか、ならぬかが自分ひとりの決断に懸かっているのだから。。。


              この映画を見ていると、原子力を扱う事の難しさを感じる。
              でも、“難しいから使わないで”本当にイイのかなとも思う。
              一度港を出てしまえば、何ヶ月も帰らない船。
              その船が軍事関係の船ならば、そう易々とは他国の港に寄港する事はできない。
              そうなると、どうしても燃料は小さくて効率の良いものが必要になる。
              日本には未だないが、原子力潜水艦と言うのは出来るべくして出てきたものだと思う。

              ただ、人体だけでなく地球環境を破壊する可能性のある危険物に対する無知は怖い。
              予算の少ない所での安普請の船。
              事故に対する充分な備えもない。
              この事故は、無知が起した人災だ。
              事故後20年以上も隠し続けなければならなかったのだけど、
              本来であれば、こういった事故こそ明らかにされなければならない。
              悪戯に不安を煽るためではなく、それ以上の新しい不安を作らない為に。

              それは原子力潜水艦と言う軍事の特殊な事情ではなく、原子力発電所でも同様だ。
              原子炉の事故では、動燃の事故が記憶に新しいが、
              人を殺傷する危険物を扱う所では、扱っているものの危険性を知ることと、
              万が一の備えをしっかりする事が必要だ。。。


              このK-19と言う船は、その後も度々事故を起し、最後には「ヒロシマ」と呼ばれたと言う。。。

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