ネタバレありの映画鑑賞記録です。ネタバレの嫌いな方はご注意下さい。
映画が中心ですが、一部演劇、ミュージカルもあります。

ハリー・ポッター 謎のプリンス


#ストーリー

ヴォルデモートが、マグル、魔法使い両方の世界における支配力を強る中、ハリー(ダニエル・ラドクリフ)とダンブルドア校長(マイケル・ガンボン)は、最終決戦の準備を進めていた。ホグワーツは嘗てのような安全な場所ではなくなる。ハリー(や同級生たちの家族)は学校の中にも危険が潜んでいるのではないかと疑うが、最終決戦が迫っていることを知っているダンブルドア校長は、ハリーに戦いの準備をさせることの方に力を入れる。ふたりはヴォルデモートの防御を解く手がかりを得るため、ダンブルドアの旧友であり元同僚でもあるホラス・スラグホーン(ジム・ブロードベント)を学校に迎え入れる。
有力なコネを持つホラス・スラグホーン教授が極めて重要な情報を握っているとダンブルドアは確信していた。

一方、ホグワーツの生徒たちはそれとは全く種類の違う敵、恋の病と闘っていた。それは学校中に蔓延する思春期の恋の病。ハリーはますますジニー(ボニー・ライト)に惹かれていくが、それはディーン・トーマスも同じ。ラベンダー・ブラウン(ジェシー・ケイヴ)に想いを寄せられるロン(ルパート・グリント)、ただし、彼女にとってロミルダ・ベインのチョコレートがもたらした影響は想定外だった。そしてハーマイオニー(エマ・ワトソン)は嫉妬で爆発しそうになりながらも、断固として感情を外に出さない。 学校中に恋愛ムードが蔓延する中、一人の生徒だけが、ある目標を達成することだけに集中していた。たとえそれが輝かしいものではないとしても。そしてこの学校に、悲劇の暗雲が近づいてくる。すべてが終わったとき、ホグワーツは永久に変わってしまうかもしれない・・・。



冒頭は死喰い人が好き放題に大暴れ。
魔法界だけでなく、マルグ界でも大暴れ。
以前のシリーズでは、死喰い人はマルグには見えないらしいので、マルグは何が起きているのか解らないままに災難に遭うことになるのかな?
尤も、ヴォルデモートの復活は魔法界からマルグ界へも通知されているらしいから、“ヴォルデモートの仕業”だとマルグも直感的に理解するのかな?
それにしても、ロンドンの見覚えのある橋が壊れて行く様は悲しいものがある。

ハリーの同級生の家族ははホグワーツ魔法学校内のの「悪」を警戒し、学校への寄宿に不安を抱く。
その典型として、ハリーの親友であるロンやハーマイオニーまでもが、両親が心配していると言う。
毎回思うけど、回を追うごとに“闇”がストーリーを支配する。

そんな“世の中の暗さ”を余所にハリーは冒頭で女の子をナンパしている。
今回のストーリーのもう1本の柱が“思春期の恋”らしいからその伏線か?と思ったけど、このナンパはストーリー展開には全く関係なかったね(笑)
彼女との待ち合わせの直前にハリーはダンブルドア校長に拉致されて(?)しまう。


ホグワーツ内の恋愛エピソードは“コメディ”?
以前からロンとハーマイオニーはお互いに異性として意識しあっていたのに、未だにロンは「ハーマイオニーに女性としての興味はない」と言ってみたり、奇妙な女の子に追いかけられて有頂天になってみたり。。。
嫉妬を我慢してロンの前では何事もないかのように接するするハーマイオニーがいじらしい。
そんな年齢の子供たちに“惚れ薬”の作り方なんて教えちゃダメだよね(笑)

そんなおチャラけも、ハリーに贈られた“惚れ薬”入りのチョコレートをロンが食べてしまった事からシリアスになっていく。
此処でやっと、ハリーの周りで必ず重体に陥る生徒が出る“ハリー・ポッター”らしくなってきた感じよ(苦笑)


しかし。。。
今回作は、最終章への“序章”にしか過ぎないのね。
子供たちの成長振りの紹介に終始していたように感じられて、なんだか満足感のないストーリーだった。
ロンのクディッチの試合シーンは見ものではあった。
クリスマスパーティでのハーマイオニーのドレスの胸元は、彼女が大人の女性になった事を感じさせる。
ハリーの成長は、ダンブルドアに言われた「ヒゲが伸びた」という言葉で象徴したのかもしれないけど、ダンブルドアに「力を貸して欲しい」と言われるのは正に成長の証。
魔法使いとして成長する一方、“孤独”からは卒業できずにいるハリーの幼さ。
毎回、エンディング近くでハーマイオニーに「You need us」と言わせる。
そして、幼い頃は傲慢の塊だったドラコも大人になって、素直な感情を表すようになった。
そういえば、不死鳥の騎士団では重要人物だったネビルとチョウ・チャンのあまりの端役振りにはびっくりしたな。

ただ、ストーリーは唐突で深みがない。
サブタイトルである「謎のプリンス」(英語では、“純混血のプリンス”)の正体はあっけなく明かされ、残念。
重要人物であるはずの“あの人”の死も唐突で、今回作を観ただけでは意義が解らない。
最終章は2部作になるらしいけど、映画って、それぞれの作品が、作品として完成しているべきだと私は思うなぁ。。。





以下ネタバレあり
(って、此処までにもネタバレがあったね (^^ゞ )
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    パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド
    パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド


    ■監督   ゴア・ヴァービンスキー
    ■脚本   テッド・エリオット 、テリー・ロッシオ
    ■キャスト ジョニー・デップ 、オーランド・ルーム 、キーラ・ナイトレイ 、ジェフリー・ラッシュ 、ジョナサン・プライス 、チョウ・ユンファ
    ■上映時間  170分


      公式HP:パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド(音がでます)


    #ストーリー


    ついに海賊の時代は、終わりを告げようとしていた。世界制覇をもくろむ東インド貿易会社のベケット卿は、デイヴィ・ジョーンズの心臓を手に入れ、彼と最強のフライング・ダッチマン号を操り、海賊達を次々と葬っていく。いまや海賊達が生き残る道はただ一つ。9人の“伝説の海賊”を召集し、世界中の海賊達を蜂起させ一大決戦を挑むのみだった。だが、鍵を握る9人目の人物こそ、ジャック・スパロウ、その人だった……。

    舞台はカリブ海からアジア、そして前人未到の“世界の果て(ワールド・エンド)”へ。滅亡の危機に追い込まれた海賊達は、世界各地の海を治める“伝説の海賊”たちの名のもとに集結し、海賊史上類のない、最初にして最後の決戦のために立ち上がる。自由を愛するジャック・スパロウ、海賊の魂を持つ令嬢エリザベス・スワン、海賊の血をひく情熱家ウィル・ターナー、あの愛すべきヒーローたちが壮大なる3部作のクライマックスに向けて、ついに最後の冒険へと旅立つ。




    。。。
    正直言って、1200円だから我慢できるけど1800円なら怒る(苦笑)
    3時間近い長丁場は話が面白くての必然ではなく、まとまりなく“裏切り”の物語を寄せ集めた結果だけのように思う。
    要するに、退屈。
    ディズニーは「お子様向けの映画だから」と言うかもしれない。
    でも、お子様にもこのストーリーは退屈すると思うよ。
    前作のデッドマンズ・チェストにあった登場人物の個性も今作では薄らいでような気もするしね。。。

    個人的には、ジョニー・デップのカマっぽいしぐさは好きになれないけどオーランド・ブルームの勇姿が見られたのが良かったかな(笑)




    以下ネタバレあり


    前作のデッドマン・チェストでイカだったか蛸だったかの海のお化け(クラーケン)に食べられたはずのキャプテン・ジャック・スパロウ(ジョニー・デップ)を「世界の果て」に迎えに行く処から物語は始まる。
    いや、その前にジャックを探しに行くための海図を入手と海賊(の権利)を守るための協議会への出席を促すために、エリザベス(キーラ・ナイトレイ)とバルボッサ(ジェフリー・ラッシュ)はシンガポールのサオ・フェン(チョウ・ユンファ)に会いに行く。
    このサオ・フェンがイカサマ臭い海賊で、いかにも“中国人”な感じなんだけど。。。
    っていうか、このサオ・フェンは単なるエロ親父なんだけど、ディズニー(ハリウッド?)は日和見のエロ親父=アジア人という図式なのか?と言う感じでちょっと不愉快。
    サオ・フェンって、本当に見るからに怪しいんだよね。。。
    おまけに、シンガポールなのに、周りに居る人たちはベトナムの人が被るような帽子を被っている。
    時代考証はあるのだろうけど、なんとなく違和感を感じる。

    で良く解らないけど、東インド会社のベケット卿(トム・ホランダー)に攻められて、海図はエリザベスに渡したものの自身はベケット卿に捕らわれてしまう。
    “ヘタレ”と言われていたからサオ・フェンは自ら投降したのだろう。


    キャプテン・ジャック・スパロウは、白い砂浜が美しい島にブラック・パール号と共に居る。
    といっても、その島にたった独りで。
    何故か、ピーナツの欠片を分身(?)たちと奪いあっている。
    此処では船長も水夫もみんなジャック・スパロウなのだ。
    荒唐無稽を通り越している感じ。。。
    でも、どんなに水夫ジャック・スパロウが頑張っても、砂浜に打ち上げられた船は風だけでは海に向かうはずもなく。。。
    と思っていると、蟹が手伝ってくれた!
    漫画だ。。。(-_-;

    そこに現れるのがエリザベスとバルボッサたち。
    此処まで来るのに海図頼りだったのに、此処から出る術は皆解らない。
    来られたのなら、逆を辿れば出られるでしょう?と思うのだけど、そうは問屋が卸さないのが“物語り”。
    ジャックが謎解きをしてやっと脱出。

    脱出したと思ったら、いきなりベケット卿に出会ってしまう。
    ここで“裏切り者”が入れ替わって、サオ・フェンが仲間になるも、エロ親父サオ・フェンはエリザベスを所望する。
    エリザベスを“海の女王”カリプソだと勘違いしたサオ・フェンはエリザベスにカプリソが自由を得る為の秘宝をエリザベスに託す。
    この秘宝をもつ者が海賊の“協議会”に出席できる。
    サオ・フェン。。。演じている俳優は大物なのに、あくまでも“笑い”を誘うちょい役。。。
    中国でこのシーンがカットされたというのも解らなくも無い。。。
    例えば、(故)三船敏郎や高倉健、或いは(故)石原裕次郎がこういう役をしたとしたら、日本人は怒ると思うもの。
    サオ・フェンもシンガポールで秘宝をエリザベスに渡していたらこの後の出演の必要もなく、ヘンなエロ親父を演じなくても良かったのに。。。


    さて、その“ヘタレ”サオ・フェンも海賊が集まる協議会の場は明かさなかった。
    で次の裏切り者が場を明かし、さらに次の裏切り者がその場へ案内する。
    そしていつの間にかディヴィ・ジョーンズ(ビル・ナイ)もベケット卿の仲間になっている。
    って、今回のディヴィ・ジョーンズは迫力ゼロでなんだか悲しい。

    “協議会”にはバルボッサ、ジャック・スパロウ、そしてエリザベスがキャプテン・スワンとして出席。
    意見が纏まらないなか“海賊の王”を決める事になって、海賊の長はそれぞれ自分に投票するもジャックの1票によってエリザベスが海賊の王に任命される。
    新参者のエリザベスが“海賊の王”になる事になって協議会は紛糾。
    でも、無法者にもそれなりの“法”はあるわけで、“海賊の掟”を守らない者に罰を下す(?)ために出てきたのがジャックのお父さん(キース・リチャーズ)
    “boy”の一言でジャックを黙らせてしまい、ギターの弦を切っただけで怒りを表すその存在感がカッコいい。
    ホンの一瞬しか出ないけど、いい感じの存在感よ(^_^)
    それからは、海賊VS東インド会社の戦争なのだけど、実質はエリザベス+ウィル(オーランド・ブルーム)VSディヴィ・ジョーンズ。
    貴族のお姫様のエリザベスのお転婆ぶりが見物かな(笑)

    闘いの中、エリザベスとウィルは結婚し、また別のシーンでこの2人が相思相愛だと気が付いたディヴィ・ジョーンズはエリザベスに打撃を与えるためにウィルを刺し殺してしまう。
    それを見たジャックは、ウィルの手に握らせた剣でディヴィ・ジョーンズの心臓を突き刺す。
    その心は、ウィルの蘇生にあったのかな?
    そしてそれはウィルとの友情?それともエリザベスへの愛情?

    ウィルと共に復活再生したフライング・ダッチマンとエリザベス率いるブラック・パール号はベケット卿の旗艦船を沈める。
    このときの「信念に従っただけなのに。。。」というベケット卿の呆然とした姿が良かった。
    悪い事を“悪い”と思ってするのではなく、“いい事”だと信じてした結果が“悪い事”だったという事もある。
    陰謀であっても、それが社会にとって良かれと信じた結果だという事に若干の救いがあるように感じる。


    さて×2
    エンドロールを見ていたら、“Young Will Tarner”とあった。

    あれれ???
    今日は最初から見たはずなのに、ウィルの小さい頃なんて出てなかったよ???
    と思ったら、エンドロール後にあった。
    ふ〜ん。。。この映画って、エリザベスとウィルが主人公だったのね。。。(笑)





    パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド@映画生活
    「パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド(字幕版)」の映画詳細@woman.excite
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      ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団
      ハリー・ポッター 不死鳥の騎士団
      (C)2007WarnerBros.EntertainmentInc.HarryPotterPublishingRights(c)J.K.R.


      ■監督   デヴィッド・イェーツ
      ■脚本   マイケル・ゴールデンバーグ
      ■キャスト ダニエル・ラドクリフ 、ルパート・グリント 、エマ・ワトソン
      ■上映時間  138分


        公式HP:ハリーポッターと不死鳥の騎士団(音がでます)



      #ストーリー(公式HPより)


      ハリー・ポッターはホグワーツ魔法魔術学校の5年生になる日を心待ちにしながら、長く孤独な夏を耐えていた。底意地の悪いダーズリー一家と一つ屋根の下にいるだけでもつらいのに、クラスメートはおろか、親友のロン・ウィーズリーやハーマイオニー・グレンジャーからも便りがない。それどころか、ヴォルデモート卿と対面したあの日以来、ハリーに話しかけてくる者は誰一人いないのだ。ようやく一通の手紙が届いたが、楽しいことが書いてあるわけではない――それは、ホグワーツから除籍されるという通知だった。除籍の理由はホグワーツ以外の場所で、しかも魔法の使えない“マグル”の前で、魔法を行使したこと。この場合のマグルとは、いじめっ子のいとこ、ダドリー・ダーズリーである。ハリーとダドリーは2人組のディメンター(アズカバンの看守で吸血鬼)から奇襲を受け、ハリーはやむなく応戦した。いわば正当防衛だ。

      ハリーが自己弁護できる唯一の機会は魔法省で開かれる尋問会だが、それも魔法省の大臣コーネリウス・ファッジがおしるし程度に開いたものだ。ファッジは密かにハリーの永久追放をもくろんでいたが、あいにくハリーは無罪放免になった。これもホグワーツの名校長アルバス・ダンブルドアのおかげである。ところがホグワーツに戻ったハリーは、今までになく居心地の悪さを感じる。どうやら魔法界の住人たちは、ヴォルデモート復活の一件をハリーの作り話と信じ込んており、ハリーの人格を疑っているらしい。  

      孤立無援におちいったハリーは不吉な夢にうなされるようになる。もっと悪いことに、いちばん頼りにしてきたダンブルドア校長が急につれない態度をとり始めたではないか。
      一方、ファッジはダンブルドアとホグワーツの生徒――特にハリー――の動向を警戒してホグワーツに目つけ役を送り込む。それが、闇の魔術に対する防衛術の新任教師ドローレス・アンブリッジだ。しかし、アンブリッジ先生が教える“魔法省お墨つき”の防衛術では、ホグワーツに迫り来る闇の力にとてもたちうちできない。ハリーは、ロンとハーマイオニーに説得されて立ち上がる――校内の有志を集めて“ダンブルドア軍団”を結成し、闇の魔術から身を守る方法をみんなにレクチャーして、きたる壮絶な戦いに備えようと決意したのだが……。




      ハリー(ダニエル・ラドクリフ)が大人になって、映画も観る人の対象者の年齢を上げたような気がする。
      物語はもう子供向けではない感じ。
      ただ、今回はテーマもあって善役と悪役が解り易かったから、そういう意味では小さい子が観ても理解はできると思うけどね。

      娯楽映画としては楽しかったものの、想像を超えるものではなく大きな物足りなさを感じる。
      面白かったのはロン(ルパート・グリント)の双子のお兄さん(ジェイムズ&オリバー・フェルプス)達の大暴れかな。
      あれは痛快だった。
      話題になったハリーのキスシーンには“?”
      ハリーが大人になる象徴なんだろうけど、話の展開の上でもキスをする必要性を感じない。
      単なる話題づくりだったのかな?と思っちゃった(^^ゞ



      以下ネタバレあり


      夏休みに親友のロンやハーマイオニー(エマ・ワトソン)からの連絡がなく寂しい思いをしただけでなく、ロンやハーマイオニーはシリウス(ゲイリー・オールドマン)も関係しているらしい「不死鳥の騎士団」のアジト(?)に出入りして、その「不死鳥の騎士団」では「ハリーに話すべきか?」というような相談をしている。
      ハリーの知らない処でハリーにも関係する何かが起きている。。。
      ハリーが単なる疎外感でない寂しさを感じるのが解る。
      “大人”たちは皆“ハリーの為”を思っているのだけど、大人でもなく子供でもないこの時期のハリーはそんんな扱いを“孤独感”として悩むよね。。。
      “マグル”である身内の家でずっと孤独だった身には、魔法使いの間でも孤独になってしまっては行く場所が無くなってしまう。


      ネビル。。。ハリーの名づけ親のシリウスがハリーに渡した写真に写っていたのはネビルの両親。
      これ迄の話を私が理解していなかったのか、忘れたのか、ネビルの両親もヴォルデモート卿の被害者だったらしい。

      ここから?ハリーは再びヴォルデモート卿(レイフ・ファインズ)と戦う気になったようだ。
      でも、この時点では未だ独りで。

      ハリーに親友たちの考えている事が判らないからなのか、ハリーは親友であるロンやハーマイオニーをはねつけてしまう。
      「何を言ったところで、信じてもらえない」と思ったのだろうけど、友達まで信用できなくなってしまうのは寂しい。
      とは言え、魔法省がヴェルデモートの復活を認めていないのだから、ハリーやハリーのいう事を信じる者は“異端者”だものね。。。
      それでも、ロンやハーマイオニーはハリーを信じて、ヴォルデモートに打ち勝つ術を学ぼうとする。
      それは友情ではなく、身の安全の為だったかもしれない。
      そして、行動力のあるハーマイオニーはヴォルデモートに対抗するために「ダンブルドア軍団」を結成し、ハリーを講師に“身を守る術”を学ぶ。
      “必要な者”に与えられる“秘密の部屋”はネビルが見つけた。
      必要だったのだから与えられたのだろうと思うと共に、ネビルが見つけたことに今後の意味があるのだろうとも思った。

      いずれにしても、彼らは(公式)の“権力”であるアンブリッジに反抗して学内で“秘密結社”を作った。
      それはハリーに対する友情だけでなく、自身が生き延びたいが為だったかもしれない。
      でも、ハリーが教える“実践”的な呪文は、ヴェルデモートの復活を信じる彼らが学びたかった事そのものだったものね。
      “ヴェルデモートの復活を信じる”という点でハリーを信じていることになるという事。
      そして、その仲間の中からロン、ハーマイオニー、ネビル(マシュー・ルイス)、ルーナ(イバンナ・リンチ)、ウィーズリー家の末っ子ジニーがハリーの危機に行動を共にする。
      友人であるハリーを救うために。
      ネビルやルーナが、魔法省にシリウスを助けに行くハリーと一緒に魔法省に出かけた時には、弱い私の涙腺から涙がこぼれ出ちゃったよ。。。
      涙がこぼれるといえば、ロンの成長ぶりにも、お姉さんおばさんとしては涙がでるね。

      ネタバァージョンで面白かったのは、“ダンブルドア校長(マイケル・ガンボン)とヴォルデモートの対決”。
      CGイッパイだったけど、迫力はあった。
      ただ観ながら、「スター・ウォーズ EP3」のシスとヨーダの対決のようだと思ったんだけどね(^_^;
      それでも、それまでのハリーVSヴェルデモートという子供と大人ではない、大人と大人の力比べは迫力もあって見ごたえはあるよ。


      さて×2。
      この映画の主題は“愛と友情”。
      悪役のヴェルデモート側には“愛”も“友情”も無いけど、ハリー側には“愛”も“友情”もある。
      そういう意味では、次回作ではハリーがヴェルデモートに勝つのだろう。
      でもね。。。自白薬で白状させられた事を後で知ったとは言え、魔法省の役員をクビになりかけている母を持つチョウ・チャン(ケイティー・ラング)が“秘密結社”のことをバラしたと知ったあとのハリーは冷たすぎる。
      ハリーはチョウには愛情も友情も感じていなかったの?
      キスをしたのは、チョウを好きだからではなくて、“ヤドリギの下”だったから?
      なんだか不満だなぁ。。。

      その不満解消の為のサービスショット(?)という訳ではないと思うけど、スネイプ先生がハリーを嫌いな訳が解ったのは面白かったな(笑)



      ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団@映画生活
      「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団(字幕版)」の映画詳細、映画館情報@woman.excite.
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        ハリー・ポッター 炎のゴブレット
        ハリー・ポッター 炎のゴブレット

        ■原作   J・K・ローリング
        ■監督   マイク・ニューウェル
        ■脚本   スティーヴ・クローヴス
        ■キャスト ダニエル・ラドクリフ 、ルパート・グリント 、エマ・ワトソン 、トム・フェルトン 、スターニスラフ・イワネフスキー
        ■上映時間 157分

          公式HP:ハリー・ポッター




        #ストーリー
        ホグワーツ魔法魔術学校の4年生になったハリー・ポッター(ダニエル・ラドクリフ)。
        今年ホグワーツで伝説の“三大魔法学校対抗試合”が行われることになり、他校の生徒たちが大挙してやってきた。
        この試合は魔術の技量を競うもので、勝者には永遠の名誉が与えられるがスリルと危険を伴うため、年少の参加できない。
        炎を放つゴブレットが各校からビクトール・クラム(スターニスラフ・イアネフスキー)、フラー・デラクール(クレマンス・ポエジー)、セドリック・ディゴリー(ロバート・パティソン)を代表選手に選ぶが、ゴブレットは、何故か14歳のハリーをも選手に選ぶ。
        羨望の中、親友のロンでさえ、ハリーが“名声ほしさに”ゴブレットに仕掛けをしたのではないかと疑う始末。
        ダンブルドア校長(マイケル・ガンボン)は、ハリーを代表選手に仕立てた謎の人物がハリーの命を狙っていることを察知し、アラスター・マッド‐アイ・ムーディ(ブレンダン・グリーソン)に監視させる。
        しかしハリーにとっては対抗試合より舞踏会のパートナーを見つけることの方が悩みの種?(笑)

        ホグワーツの敷地内で殺人事件が発生し、ハリーはヴォルデモートの悪夢にうなされる。
        対抗試合もいよいよ終盤を迎え、勝利が見えたと思ったとき、ハリーはすべてがワナだったことを悟る。。。



        以下ネタばれあり。


        冒頭から不吉な予感。
        暗い部屋に人の話声。
        そこへ大きな蛇がやってくる。
        え?蛇ってハリーじゃなかった?と思ったら、それはハリーの夢だった。
        前作もかなり暗い作りで「子供向けじゃない」と思っていたのだけど、今回はもっとだね。
        なんだか、ハリーの成長とともに観る年齢層を選ぶ?(笑)

        テレビCMの予告編ではハリーも恋の季節?って感じだったけど、それはお話のちょっとしたスパイスというか箸休め程度のエピソード?
        まぁ、一応、話の初めからハリーがダレを好きなのかが解る様なつくりにはなっていたから、この後の続編でも何らかの展開はあるのかもしれない。
        一方、ロンはハーマイオニー(エマ・ワトソン)を好きなのに、イマイチ煮え切らないというか、実感していないらしい。
        見ているこちらは前作で、3人組はハリー+ロン&ハーマイオニーと言う雰囲気は感じ取れたのにね(笑)

        それにしても前作ですっかり美人さんになったハーマイオニーだったのに、今作ではイマイチ。。。
        と思ったら、ちゃんと見せてくれたね(^^)
        最大の見せ場で美女っぷりをアピール!
        こんなに美人さんじゃ、ロンにはもったいない?(笑)

        学校対抗の試合に出る選手ってやっぱりヒーロー、ヒロインなんだろうね。
        ロンのヒロインはフラーだし、ハーマイオニーのヒーローはクラム、そしてハリーのヒロインはセドリックに持っていかれちゃうし。。。(笑)


        さて、対抗試合。
        出場資格のないハリーが選ばれるって事は、これがヴォルデモートの罠ということはダレでも解る。
        そしていつものように、ダレがハリーにとって敵なのかが解らない。
        ダレもが“怪しい”のよね。。。
        唯、ドラコ(トム・フェルトン)お父さん(ジェイソン・アイザックス)が正体を現したって事は、次への布石?
        っていうか、このオジサン、最初から怪しげな人ではあったけどね(笑)

        そうそう、ドラコって子供の時はカワイイ顔をしていて、将来はどんな美形に?と思ったのだけど、なんだか間延びしゃちゃって“唯の人”になっちゃった。
        って、子供の頃の“毒”も抜けちゃった感じだしね。。。
        残念。
        間延びといえば、ネビル(マシュー・ルイス)の背がかなり伸びていたのにびっくり(笑)
        でも、この子は将来もっといい役になりそうな予感?(笑)


        話を戻して、対校試合は予想通りヴォルデモートの罠。
        ヴォルデモートとハリーの直接対決のプロローグ。
        って、4作目にしてやっとプロローグ?(笑)
        いや、今作ではクライマックスだけど、ストーリとしてはこの後延々と“対決”が続きそう。
        ただ、今回は印象的な一言があった。
        ヴォルデモートが負け惜しみ(?)で言った言葉で、「13年前はハリーに負けたのではなく、母親の愛に負けた」と。
        それも、魔法使いではなく“人間の愛”に負けたと。
        なんだかとても印象的だった。

        印象的といえば、ダンブルドア校長も。
        今までgeniusで絶対的な存在だったダンブルドア校長が今回はハリーに人間味というか弱みを見せる。
        それもハリーの成長なのかもしれない。
        そして、ヴォルデモートとの対決の後にハリーに言った「You aren't alone」。
        いつも「一人ぼっち」だと思っているハリーにどのくらい響いたのかは解らないけど、“母の愛”と“1人じゃない”はハリーの生きる糧になる言葉だよね。
        そうそう、いつもハリーを苛める叔父さんも今回は出番がなくて、父親代わりのシリウスが出てきたあたりも、“(肉親の)愛”が今後のテーマになりそうな予感。

        まっ、子供向けではないと思うけど、大人の童話かな。



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          ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月
          今日は水曜日。久々の映画。
          今日観たのは、ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月


          ブリジット・ジョーンズの日記―きれそうなわたしの12か月 30代の独身女性の悩みを描いて大ヒットした「ブリジット・ジョーンズの日記」から4年。

          “恋人いない歴30年”だったブリジット・ジョーンズ(レニー・ゼルウィガー)がつかんだ幸せ、世界で最も魅力的な弁護士のマーク・ダーシー(コリン・ファース)という恋人がいる。
          が、その幸せ故に、またしても悩みのフルコース。。。

          ブリジットはマークに弁護士協議会の晩餐会に誘われて意気揚々と会場に向かうが、そこには若くて美人で美脚の令嬢、レベッカ(ジャシンダ・バレット)がいて、マークと楽しげに談笑している。
          「晩餐会でプロポーズされるかも」と勝手に盛り上がっていたブリジットは意気消沈し、マークと喧嘩。
          翌日、ブリジットの実家でのランチで、マークは結婚について「まだ考えていません」と双方の両親に答える。
          彼のアパートに帰った後、レベッカから、マークの電話に「一緒にナイトキャップを飲みましょう」とのメッセージ。
          それを聞いてキレてしまったブリジットはマークに別れの言葉を言ってしまう。
          それから5週間、仕事の旅行番組でダニエル(ヒュー・グラント)と取材先のタイへ出かけ、思わぬ事件に巻き込まれてしまう。。。

          以下ネタバレあり。
          実は、前作の「ブリジット・ジョーンズの日記」は観ていない。
          ブリジット・ジョーンズといえば、イギリス版「負け犬」、いや、「負け犬」の方が日本版「ブリジット・ジョーンズ」と言うべきか。。。と言うような認識しかなかった。
          でも、「ボーリング・ボールの様な胸」を持ったブリジットになんとなく興味惹かれて観に行った(笑)

          楽しいコメディだったことは確か。
          でも、なんていうのかなぁ。。。

          ブリジットって、特別なヒロインじゃないのよね。
          何処にでも居るような、いや、普通よりかなりドジっ子なんだけど、でも、等身大の女性なのよね。
          33歳という設定だから、私より10歳ぐらい年下なのに、私が“等身大”と言うのも、なんだかね。。。(^^;

          ただ、どんなドジにもめげないところが、普通と違うかな?(笑)
          なんていうのか、あれだけ間が悪かったら、あれだけ失敗していたら、あれだけ運が悪かったら、普通めげてしまうものだけどねぇ。。。
          ブリジットはとっても、ポジティブ。
          ちょっとアホじゃない?と思うぐらい(笑)
          (あぁ、アホって、東京弁のアホじゃなくて、大阪弁のアホのニュアンスね 笑)
          そのくせ、コンプレックスの塊だしね(笑)

          make loveの翌朝、彼に余計なお肉を見せたくないと、シーツを巻いて着替えをする。
          でもさぁ。。。
          前の晩、そのお肉を彼に見せたんじゃないの?
          いまさら、「お肉を見せたくない」は無いでしょう。。。?(笑)
          確かに、着替えている姿を見せるのは恥ずかしかったりするのだけどね。。。(笑)

          マークは、「その余分なお肉も含めて好き」って言ってくれるんだからいいじゃない。
          私の彼氏ったら、“お腹の肉が余分”だとか、“あと20キロ痩せないと逢ってやんない”とか言いたい放題。
          「最近、胸が小さくなった」とか言うから、(お腹の肉を指して)「これが胸に付いたら嬉しい?」と聞いたら、「そりゃ、大きすぎだろう」と言う。
          ふん、どうせ、お腹の肉は多すぎですよ〜〜〜っ!(苦笑)
          でもまぁ、make loveの時に脱いだパンツを畳む男は、私もあまり好きじゃないかも(笑)

          外国の大使やイギリスの大臣を自宅に呼んでミーティングをするほどの弁護士で、そんな要人との会議中に「貴方のsexが素敵」と電話するような女性でも受け入れてくれる人って居ないよね。
          居ないからこそ、相手が出来過ぎているからこそのコンプレックスだったり、ヤキモチだったりするのかな。
          コンプレックスとヤキモチから、付き合っている彼に別れを言い出す女の子って居そうだよね。
          って、私も言うかも。
          実際には、そんな理由では別れた事はないけどね。

          欠点だらけなんだけど、超前向きだからこそ憎めない。
          そんな自分の魅力って、なかなか気がつかないよね。。。
          でも、シングルトン(独りで立派に生きていける独身女性)だったら、“結婚”なんて言葉を求めて右往左往なんてのは、どうかしら?
          付き合って8週間程度の男が結婚を考えていなくても、だからって、別れる理由になるのかなぁ。。。
          まぁ、33歳という年齢を考えると解らなくも無いけど、というか、その年齢の独身女性の微妙な心理が共感を呼ぶのだろうけどね。

          戸田さんの訳(字幕)には少々難があるものの、面白かった。
          爆笑というよりクスクス笑えるようなコメディだった(^^)


          マーク役のコリン・ファースは「ラブ・アクチュアリー」で、弟に恋人を取られた作家の役をしていたんだね。
          「真珠の耳飾りの少女」のフェルメールの役の方が印象が強かったかな。
          ダニエルのヒュー・グラントは「ラブ・アクチュアリー」でもコリン・ファースと競演していて、「ラブ・アクチュアリー」の時は、胸の大きなメイドに恋をする役。
          ん?ヒュー・グラントは、実は巨乳好き?(笑)
          個人的には、ヒュー・グラントの顔の方が好みなんだけど。。。(笑)

          それにしても、レニー・ゼルウィガー。
          公式HPでは6キロ太ったと書いてあったけど、本当?
          10キロ以上太った気がする。
          あごの辺りや、腰周りが。。。
          マジック・マッシュルームを食べてラリって海に入っているときのお腹は、私でも自信がもてそうよ(^^;
          でも、その後のインタビューでは、すっかり元に戻っている。
          彼女の映画を見る度に書いているのだけど、そのダイエット法を教えてほしいわ(切実)
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            ヴィレッジ
            水曜日は映画の日(笑)
            今週もまた、映画を観に行ってきた。
            今日の映画は、ヴィレッジ。
            ホラー物やオカルト物が苦手な私だけど、ホラーの雰囲気満載の予告編を観ても何故か観たくなっていたのよね。
            あの予告編の何が私の興味を惹いたのか、自分でもよく判らない。。。
            予告では、“シックス・センス”、“サイン”のM・ナイト・シャマラン監督が、周囲から隔絶された小さな村を舞台に描く禁断のミステリー・スリラーってあったのにね(笑)

            何でも、配給元のブエナビスタが、“結末を他言しない”と試写を見た観客に誓約書を書かせたほどの力の入れようだと聞いた。
            事前に知らされるのは、一見、平和な村に住む人々が厳しく守っている奇妙な“掟”と、その“掟”を破ると“彼ら”が“禁断の森”からやって来て村人を襲うこと。
            そして、今回の映画は“愛”がテーマと監督自身が語っていると言う事。

            確かに、映画は全体としてホラー感を出しているけど“無垢な愛”の物語。
            映画の中でも何度もinnocentと言う言葉が出てくる。
            “愛”をテーマとした映画としては、なかなかいい出来なんじゃないかなと思う。


            舞台は“1897年”のペンシルヴェニア州。
            周囲を深い森に囲まれ、外の世界から完全に隔離された小さな村があった。
            犯罪被害によって心に大きな傷を持つ人々が集まって、ユートピアのような理想の共同体を築いている。
            この村には3つの掟が存在し、人々は怯えながらもそれを守ってきた。
            掟を破るとどうなるかは、誰も知らなかった。
            そんなある日、村の指導者の娘で盲目の少女アイヴィー(ブライス・ダラス・ハワード)が愛するルシアス(ホアキン・フェニックス)が、知的障害者のノア(エイドリアン・ブロディ)に刺され大ケガを負ってしまう。
            アイヴィーはルシアスの命を救うため、村の外に出ることを決意する。
            そして、村の恐ろしい真実が明らかとなるのだった。


            以下ネタばれ大あり。。。(苦笑)[:hide:]

            “掟”の一番大事なものは、“村を取り囲む森に入らない”事
            それを苦悩しながらも、娘は勇敢で本当の勇気があるからと森へ入る事認める父親の愛情。
            村を守る為に自分たちで取り決めてきた村の“掟”を、その指導者エドワード(ウィリアム・ハート)の娘が破る。
            父親としては、かなりの苦悩だったと思う。
            と、同時に彼は“村”の限界を感じていたのかもしれない。

            そして娘を町に出す事は、彼が妻以外で愛している女性でルシアスの母アリス(シガーニー・ウィーヴァー)の為でもあった。
            この2人の関わりも面白い。
            ルシアスに、“エドワードはアリスを愛している”と見破られるのは、エドワードがアリスに一切触れない故なんだけど、それは、本当に、最後の最後に彼が彼女に対する“愛情の言葉”を言う時でさえ崩れない。
            意思の強い男なんだろうけど、それが返って滑稽でもある。

            ノアは純粋にアイヴィーを愛し、慕ってたが故にルシアスを刺してしまう。
            この村は、犯罪のない村を目指して世間から隔絶しているのに、それが、最も純粋無垢な青年によって覆されると言うパラドックス。
            純粋な愛というのも、時としては罪なのね。
            まぁ、普通だったら、嫉妬はしても人を刺すなんて行為には走らない。
            純粋培養のなせる業なんだろうか。。。となるとこの村の存在そのものが罪なのか。。。?
            それに比べるて、ルシアスに振られてあっさりと男を乗り換えるキティの何と軽い事か。。。(笑)

            そして何と言っても愛情が強かったのがアイビー。
            盲目だと言うのに、森の中に何があるか判らないのに、森の外の“町”は更に恐ろしい処だと言い聞かされているのに、ルシアスの薬を調達する為に森に入って町に行こうとするのだものね。
            勇敢とも言えるけど、これは正に“愛”がなせる業だよね。
            そして彼女も純粋無垢な故に、目が見える男性でも出来ない事をやってのけたのよね。。。

            映画館に入ってすぐ、“観終わってから見るように”と解説書が渡された。
            其処にあった“黒い木箱”と“誰も座らない椅子”、いや、“誰かが座っているはずだった椅子”。
            それは、“村”の存在意義を“象徴”するもの。
            この解説書は、映画を観る前に見ても構わないような気がする。
            別になんの作用も起こさない、というか映画への理解を深めると思う。

            さて、この映画、“どんでん返し”が盛んに言われるけど、それは森の中の化け物の正体の事ではないよね。
            それは、アイヴィーが村の外に出る決心をしたところで明かされてしまうものね。。。

            冒頭のお葬式のシーンで時代設定が1897年とミスリードされて、村の中の生活は19世紀そのものだけど、最後に明かされる現実の時代。
            そういえば、冒頭からその片鱗は。。。(笑)
            で、ラスト5分で表現され、語られる事実がどんでん返しなのね。
            あぁでも、あまり意外性は無かったなぁ。
            現実的な私は、あの家の遺産がどの位あって、この後年々ぐらいもつのかしら?なんて思ってしまった。。。(^_^;)


            それにしてもアイヴィー役のブライス・ダラス・ハワードは新人なのね。
            いい演技だったと思うわ。
            そして、ノア役のエイドリアン・ブロディは、戦場のピアニストの時より、ずっといい演技をしたんじゃないかな。

            細かい突っ込みどころはあるにしても、全体としては、いい映画だったと思う。
            監督のメッセージも伝わったと思うな。
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              ヴァン・ヘルシング
              今日はレディースディだから映画を観てきた(笑)
              流石にレディースディだけあって、女性が多い。
              子供の学校が始まってやっと自分の時間が持てるようになった、と言うような感じなのかな。

              で、人気があるのが“誰も知らない”。
              私が行ったときは30分後の上映の席は売り切れていた。
              でも、私の今日のお目当てはヴァン・ヘルシング
              こちらは上映時間ギリギリに飛び込んでも、席は空いていたわ(笑)


              以下ネタばれあり。

              舞台は19世紀のヨーロッパ。
              バチカンからの密命を受け、モンスターを狩るヴァン・ヘルシング(ヒュー・ジャックマン)と言う男がいた。
              彼はモンスター狩りが仕事だが、モンスターが殺された後人間の死体となって残されるために“殺し屋”としてお尋ね者となっている。
              一方で謎に包まれた境遇と何人もの高僧の元で修行を積み聖者とも呼ばれた。
              過去の記憶を失っっている彼は、その答えを探す意味もあってドラキュラ伯爵(リチャード・ロクスバーグ)を捕らえるためトランシルバニアへやってくる。

              武器発明のエキスパートである修道僧カール(デヴィッド・ウェンハム)とトランシルバニアに赴いたヴァン・ヘルシングは、ドラキュラの花嫁たちに襲われ、逃げまどう群衆に遭遇する。
              その群衆の中に、代々、ドラキュラと闘い続けてきたヴァレリアス一族の王女アナ(ケイト・ベッキンセール)が居た。
              彼女の兄ヴェルカン(ウィル・ケンプ)は、闘いのさなか、ウルフマンに変えられドラキュラ伯爵の手に落ちていた。

              アナとヴァン・ヘルシングは共にドラキュラを追うが、その頃、世界支配を目論むドラキュラ伯爵は、何千という吸血鬼の卵を孵化させようとしていた。
              ドラキュラの花嫁たちと激闘を繰り返すうちに、アナが捕らえられてしまう。
              彼女を救うためにドラキュラが主催する舞踏会へと忍び込んだヴァン・ヘルシングは、そこでフランケンシュタイン(シュラー・ヘンズリー)をドラキュラに奪われてしまう。
              人間が作り出したモンスターであるフランケンシュタインこそが、ドラキュラの世界征服の鍵、吸血鬼の卵を孵化させる鍵だった。


              吸血鬼の宿敵として有名なヴァン・ヘルシング。
              小説ではヘルシング教授として、かなりのお爺さんだったはず。。。
              それが、怪傑ゾロを思わせる黒い衣装のタフでスマートなヒーローとなっている(笑)
              最初はパリでジギルとハイド博士を追っていた。
              007を思わせる妙な武器を持って、モンスターになった博士を退治する。
              バチカンからは殺すなと言われているのに、ちゃっかり殺してしまう。。。
              (ノートルダム寺院のバラ窓を壊しちゃって。。。(^_^; )
              この辺り、日本でいうなら子連れ狼のチャンになるのかなぁ。。。(笑)
              でもヒュー・ジャックマンの逞しい体つきと知的な雰囲気がとても良かったよ(^^)

              アン王女のケイト・ベッキンセールも王女の気品を持ちながら強く逞しい現代風なヒロインになっている。
              ドラキュラの花嫁たちとの戦闘(?)シーンでは、カンフーばりのアクションをこなす。
              身のこなしが軽やかだ。
              コルセットできつく身体を閉めてたウエストが羨ましいほど細い。。。
              仮面舞踏会の場面では胸の谷間も露なドレスを着て、これはとってもsexy。
              美しい人は何を着ても似合う。。。

              そしてドラキュラ伯爵のリチャード・ロクスバーグは、いかにも悪役って感じのマスクがcoolでsexy。
              露出度の高い服でひらひら飛び回るドラキュラの花嫁たちもsexyだったよ。
              ヴェルカン王子のウィル・ケンプは余り出番が無かった。
              でも、有名なバレエダンサーらしい。今度は是非バレエを踊っている姿を見たいものだ。

              私はホラーやオカルトは好きではないが、この映画は全然そんな要素はなく、とても楽しい娯楽映画だ。
              ストリーに深みがない分、純粋にアクションを楽しめる(笑)
              (それにしても、あのアブサンにはどんな意味があったのだろう???)
              この映画は、CGの素晴らしさは勿論だけど、音が良かった。
              この映画は、音響のいい所で観る事をお薦めするわ。
              それにブタペストでの仮面舞踏会は豪華でこちらは19世紀の貴族社会を垣間見れる。
              これは、“煌びやか”好きの私には、ちょっとポイントが高い(笑)

              舞台は19世紀なのに現代風のアクション映画の仕上りがりは、インディ・ジョーンズと007を足して2で割ったような感じで軽くてイイ。
              最後のドラキュラと狼男の戦いはちょっとちゃちな気がしたが、他はほぼ満足。
              怪物ものだから画面は暗めに作ってあるが、中々楽しい映画だった。

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                ベジャール、バレエ、リュミエール
                今日は、恵比寿のガーデンシネマで“ベジャール、バレエ、リュミエール”と言う映画を見て来た。
                明日の水曜日はレディース・ディなのに、このガーデンシネマはレディース・デイは設定していないらしい。
                割引が効くのが1日のファースト・ディだけなんだけど、“ベジャール、バレエ、リュミエールは今週末で上映終了だから間に合わない。。。
                無職中に贅沢かなとも思ったけど、仕方がないから(笑)今日見て来た。
                でもこの映画は1800円だす価値があったな。


                映画“愛と哀しみのボレロ”の“ボレロ”の振付けをはじめ、斬新で革新的とも言える演出と創造力でバレエの世界に新風を巻き起こした振付師モーリス・ベジャールが“リュミエール”と言う新作バレエの公演するまでの半年間のドキュメンタリー。
                2002年のヴェネチア国際映画祭の招待作品でもある。

                2001年2月、モーリス・ベジャール率いるベジャール・バレエ団では、新作舞台“リュミエール”の準備が進められていた。
                ベジャールが熱く語る製作発表。
                稽古場でダンサー一人ひとりに振付をしていくベジャール。
                本番まで2ヶ月前の衣装の合わせ、5月にはリヨンのローマ円形劇場でに衣装を付けずに観客の前での公開通し稽古。
                そして残り10日を切り、野外劇場でのリハーサルは悪天候で何度も中断を余儀なくされ、また舞台で使用する映像の遅れ。。。
                そんな困難の中、6月19日、15000人の観客を前に初演を迎える。

                公式HPでは、“リュミエール=光”とあったが、ベジャールは、“リュミエール”に映画の父と呼ばれ映写機を発明したリュミエール兄弟をも意識している。
                映写、それこそが“光”そのものなのかもしれない。
                バレエそのもののコンセプトは、確かに“光”だけど、映画・映像やバッハ、シャンソンといった音楽も既存のバレエの概念を大きく打ち砕いているように見える。
                ベジャールは日本にも理解が深いらしく、舞台の正面に掲げられた円形のスクリーンを時に日本の神道のご神体である鏡にも見立てていた。
                “鏡”は禅宗では“心(が澄んで美しい様)”を表すが、神道では“光”を表す。
                ダンサーの中には日本人も数人居たが、日本人スタッフに向けてと言うよりは、フランス人(スイス人?)スタッフに向けて、“鏡”に付いて解説している姿に惹かれた。
                モノを作ると言う事は、その専門の事だけでなく、一見関係なさそうに見える色々な事に造詣が深くないといけないのだろう。
                感性や知識の引き出しが多くないと、他人を感動させるようなものは作れないのだろうな。。。
                と、公式HPを見ていたら、市川猿之助、坂東玉三郎などの歌舞伎俳優とも親交があって、東京バレエ団の名誉芸術顧問でもあるのね。

                私は子供の頃、ほんの短い期間だったがバレエを習っていた。
                くるみ割り人形や白鳥の湖など、古典的な舞台しか踊った事はなかった。
                その頃のバレエと言えば、チュチュを着るのが普通だった。
                最近では、チュチュを着るクラッシクバレエより、ボディ・タイツや普通の洋服の様な衣装を着る舞台が多い。
                バレエの舞台から、チュチュを取ったと言われるのがのこのベジャール。
                ボディ・タイツのダンサーの身体って美しい。
                私は、ボディビルダーの様な硬そうな筋肉はあまり好きではない。
                バレエダンサーのしなやか、弾力のある筋肉が好きだ。
                そういった意味でも、ジル・ロマンの身体って素敵だった(^^)
                え? あっ、別に男性の身体を観にいった訳じゃないよ(笑)


                ドキュメンタリーとは言え、バルバラやブレルのシャンソンが映像と調和していい映像に仕上がっている。
                “私にとっては、この作品はドキュメンタリーではありません”と言い切ったマルセル・シューバッハ監督の手腕が光る。


                振付家というひとりのクリエイターが、悩み苦しみながら自分の創造作品と対峙する姿を、もうひとりのクリエイター、つまりシネアストとしての私の視点で描くのです。
                ベジャールがリズムに関して頭を悩ませているのをみて、私は自分の仕事との共通点を思います。彼の中には、絶えず自分の考えに疑問を呈して、変更を辞さない素晴らしい姿勢があります。
                変更する勇気、それを他者に認めさせる才能。
                それを実践するには、力量とカリスマ性が必要なのです。
                (マルセル・シューバッハ監督談話より)



                悩み苦しみながら自分の仕事を為し、また変更を辞さず、他者に認めさせる力量とカリスマ性が必要なのはクリエーターに限らず、私たちの仕事も同じよね。。。

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                  ハリー・ポッター アズガバンの囚人
                  今日は私的映画の日(笑)
                  今日は自宅近くのシネコンで、ハリー・ポッターの先行ロードショーを観てきた。


                  ハリー・ポッターは、シリーズものだから不安なく見られる。
                  原作もしっかりしているしね(笑)

                  魔法学校の3年生になったハリーにまた命の危険が。。。
                  前の2作で監督を務めたクリス・コロンバスが今回は製作に回って、“天国の口、終りの楽園”のアルフォンソ・キュアロンが監督になったと聞いて、どう雰囲気が変わったのか楽しみだった。
                  ハリー(ダニエル・ラドクリフ)、ロン(ルパート・グリント)、ハーマイオニー(エマ・ワトソン)などホグワーズの主要メンバーは前回のまま。
                  前から言われているように、ラドクリフとエマ・ワトソンは前作より背が伸びていた。
                  13歳というより、もう15〜6歳?高校生ぐらいと言うような感じだった。
                  特に、エマは“女性”っぽくなっていたしね(笑)
                  それに、ドラコ・マルフォイ(トム・フェルトン)の背の伸びがラドクリフより目立って気になる(笑)

                  ストーリー的には、ハリーが父親の仇に命を狙われていて危険に晒されていると言うもの。
                  周りの大人はハリーを気遣って“何も知るな”と言うが、一方でみんなで噂するものだから何だかんだとハリーの耳に情報が入ってくる。。。
                  そして話が展開していくうちに、本当は誰が“敵”なのかが判らなくなってくる。。。(笑)
                  ただ、今回はいつものお伽噺的な雰囲気が少し減って、ちょっと暗い感じ。
                  私の独断で言うならば、あまりお子様向きではない。
                  別にエッチなシーンがある言う訳ではないけど、なんとなく、“健康”感がイマイチなのよね(笑)
                  ストーリー展開は速くて面白いと思ったのだけど、同じ劇場で見ていた他の人は、“細かい部分の説明が無いから原作を読んでないと解らないかも〜”と言っていた。
                  私は原作を読んでないけど充分楽しめたからそれは人それぞれだと思うけど、原作を読んで行った方が楽しめるのかもね。

                  ちょっとしか出なかったけどロンのお兄さんたちも健在だったし、ダンブル校長も健在。
                  不満といえば、スネイプ先生やマクゴナガル先生の扱いが、前作に比べてちょっと軽かった事かな。
                  この人たちは、もう少し重厚に扱って欲しい。。。
                  それと、季節が何度か変わって、多分、2年くらい過ごしたんじゃないかな。。。?
                  色々不満はあるけど、まぁ面白かったよ(^^)
                  それにしても、ハリーは本当に13歳?ってぐらい生き方がキレイだ。
                  魂が崇高と言う感じ。物語の中の存在とは言え、本当に感心する。

                  いつもはネタバレ満載の映画日記なのだけど、今回だけは先行ロードショーだから自粛。。。(笑)

                  あぁ。。。それから。。。
                  今回は、前回の様なクレジット・ロールの後のサービスショットが無かった。
                  飽きるほど長いクレジットだったけど、みんな期待していたのだろうね。
                  誰も席を立たなかった。。。
                  なんだか、肩透かしを喰らったわ(笑)


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                    近所の映画館のポイントが貯まっていて、1回分の無料鑑賞が可能になっていたので、それで(笑)
                    パッション。。。
                    何でR-18指定じゃないのかなぁ。。。
                    キリストの受難を史実に近い形で映画に残そうと、メル・ギブソンが私財で作った映画。“史実”に近いのはいいけど、余りにも残酷なシーンが多い。
                    一応、行く前に確かめたら、“12歳以下は保護者が付いている事が望ましい”だった。。。
                    う〜ん。
                    宗教の1大テーマを描いた映画だから特に、色々な価値観はあると思う。
                    でも、クリスチャンではない私は、自分の子供が12歳以下だったら見せたくないな。。。

                    と言うのも、私、結構“血”が苦手。
                    こんなに“血”が多いと知っていたら、行かなかったかも。。。(^_^;)
                    隣に座っていた女性は、初めから最後まで泣いていたけど 私はイマイチ感情移入できなかった。。。
                    だって、“血”が飛んでいるんだもの。。。

                    総督ピラトは、彼の妻が信者だった事もあってか、そもそも死刑(磔)は乗り気では無かったらしい。
                    だから、キリストに対する始めの刑罰は鞭打ちの刑だった。
                    旧来の宗教の司祭達がそれを受け入れずに結局磔にされたのだけど、鞭打ちの時点で“血”が吹き出ている。。。
                    最初は単なる鞭で打っていたのだけど、そのうち鉤付きの縄で打ち始めた。
                    鉤がキリストの肉を裂いて、周囲に血が飛び散り、また身体の下に血が溜まる。
                    果てしなく続くような鞭打ち。。。拷問だ。
                    私なんか、寧ろ、あんなに出血して、よく死ななかったものだと思ってしまった。
                    彼が拷問を受けた場所なんて、本当に“血”の池になっていたのだもの。

                    私がクリスチャンだったら考え方も受け止め方も違ったのだろう。
                    クリスチャンだったら、キリスト人間の罪を背負ってこれだけの苦しみに耐えたと言う事を子供に見せたいのかもしれない。
                    特に、一緒に磔にされていた2人の罪人が、死の直前になってキリストを信じた一人は天国を約束され、信じなかった一人は死の直前に烏に目を潰された辺りが啓蒙的な意味をもたせたシーンなのだろう。

                    でも、クリスチャンでない私は、彼が神の子である姿より、死の直前に1瞬見せた“人間味”に興味をそそられる。

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